フェアかフェアじゃないかで人をみる

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フェアかどうかのサムネメンタル

人をみる判断基準

皆さんには、人をみる判断基準ってありますか?

例えば、会社の入社面接だったら、
この人はこんなスキルがあって、こんな実績で、こんなマインドで、
みたいな判断基準があって、それで合否を決めますよね。

会社でなくても、人それぞれの判断基準ってあると思うし、
密かに、その基準に照らし合わせて、
この人とは仲良くしたいなとか、
この人とはちょっと距離をとりたいなとか、

あるかもしれません。

実は私にも、私なりの判断基準があって、
それは「フェアか、フェアじゃないか」です。

責任ある立場とフェアにやろうとする意識

もう少し詳しく話すと、

①責任ある立場かどうか
②フェアかフェアじゃないか

この2つでみています。

この基準のフェアというのは、
責任ある立場の人が責任感を持つことも含みます。
非常に広い範囲を指します。

だから、完全にフェアということは不可能ですが、
それでも「フェアにやろうとする意識があるかどうか」です。

逆に、この基準のフェアじゃないというのは、
「フェアにやろうとする意識がない」
つまり、自分でもフェアじゃないことをわかっていて、
開きなおっている状態のことです。

責任ある立場の人でなければ基準は甘くなるというか、
直接危害を加えられない限り、そこまで気にすることはありません。

しかし、フェアじゃないということは、
結局、誰かに危害を加えることでもあります。

そして、責任ある立場にもかかわらずフェアじゃないというケースは、
私の中では最悪で、つい文句を言いたくなってしまいます。

言っても何も良いことはないんですけどね・・・。

人の本質的な部分

例えば、お金持ちかどうかは、
一時的なことだと思います。

明日、宝くじに当たるかもしれないし、
盗難にあうかもしれない。

スキルがあるかどうかも一時的です。
なにもスキルがないとしても、
1年後には凄いスキルを身につけているかもしれない。

大きく変化していきます。

私は、フェアかフェアじゃないかに、
人としてのより深い部分、本質的な部分が表れるような気がしています。

なるべく離れたほうが・・・

人は生涯に渡って成長していくので、
フェアじゃない人がフェアになっていくということも、
もちろん、可能性としてはあります。

しかし経験上、
そのようなケースは稀です。

むしろエスカレートしていく傾向にありました。

だから、露骨にフェアじゃないと思ったら、
それが友人であれ、親であれ、組織であれ、国であれ、
身を守るために、
なるべく離れたほうが賢明だと思います。

そうでないと、
あなたが貶められたり、
いつまでも傷つけられることになります。


※ なお、同じ組織や国でも、
ある分類の人にはフェアで、別の分類の人にはフェアじゃない、
ということはあり得ます。


私は養子だったので、
ずっとアンフェアな扱いを受けてきたので、
そういうことに敏感になっているのかもしれません。

しかし、傷つけられても我慢し、
フェアになってくれることを望み、
そして、最後まで裏切られるという経験は、
誰にもしてほしくありません。

まとめ

今日は、私なりの判断基準の話でした。

フェアじゃない場所から離れるということは、
当たり前のようで、
それができなくて傷を深めてしまう人もいると思います。


私も、何故かそれができなかった一人でした。
その後悔と反省から、今日の記事は書きました。

どんな素晴らしい人や組織であっても、
99%が素晴らしくても、
フェアじゃない部分が1%あれば台無しだと思っています。


それは、腐敗の始まりだと思うからです。

一方、この人はフェアだなと、
少なくともフェアにやっていこうとする意識があるなと思ったら、
そういう人との関係は大切にすると、
良い影響を受けるかもしれません。


同時に、私自身もフェアじゃなければと思うし、
フェアということを、とても大切にしています。

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