人の役に立つ人になってほしい

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空のサムネメンタル

家族が亡くなって、もう10年になります。

そうか、もう10年になるのか。

もし、祖母がいてくれなかったら、
僕は確実に命を落としていました。
とっくに、年間3万人の自殺者の中に入っていました。


祖母は優しかったなと。

弱い面もあったけれど、ある種の人格者で、
僕は随分助けられました。

命の恩人ですね。

今日は、おばあちゃんのことについて少し書きます。

一緒に死んでくれる?

僕が幼稚園ぐらいの頃、
そのとき虐待を受けて入院していたんだけど、
祖母がお見舞いに来てくれました。

嬉しくて、思わず「おばあちゃん!」と言いましたね(笑)

僕はベッドで寝ていて、
祖母は「ここ座っていい?」とベッドに座って、
いろいろ話をしてくれました。
どんな話をしたのかは、もう忘れてしまったけれど。

だけどその時、僕は「一緒に死んでくれる?」と言ってしまった。

これはね、虐待が辛かったのもあるけど、
年齢的に祖母が先に死んでしまうということを理解していて、
一人になるのが怖かったから。


その後、僕はそんな発言をしたことなんかすっかり忘れていて、
でも祖母はずっと覚えていて、
それから20年近く経って「あの時こんなことを言っていた」と聞かされて、
思い出しました。

心配かけてしまったなと思いますね。

ありがとうと言って死ねる人は幸せなんだよ

高校1年の頃、祖父が亡くなりました。

祖父は運送会社を経営した立派な人だったけど、
晩年は認知症になってしまい、
介護がとても大変だったらしい。

当時、僕は千葉に、祖母は神奈川に住んでいたんだけど、
祖父が亡くなったと聞いて、
一生懸命介護していたので、さぞかし力を落としているだろうと思い、
神奈川に行くことにしました。

その時言われたことは、
「死後の世界はある」ということ。


突然そんなことを言われて驚いたけれど、
人は死んで終わりじゃないから、
また会えるからということ。


そして、最期に確かに「ありがとう」と言ったよ、と。

「あれもしたりない、これもしたりないと言って死ぬ人は不幸だ」
「ありがとうと言って死ねる人は幸せなんだよ」


元気づけに行ったのに、逆に元気づけられましたね。

最期の握手

ずっと元気だった祖母も胃がんになってしまい、
手術をしたら一気に弱ってしまいました。

病院にお見舞いに行って、いろいろ話をして、
「じゃあ帰るね」と。

そしたら、手を伸ばして祖母が握手を求めてきました。

そう、小さい頃、祖母の家に行って帰る時に、
祖母は必ず握手をしてくれました。

この握手が好きだった。

ぎゅっと力強く手を握ってくれて、
もう随分力が弱くなっていたけれど、
精一杯の力で握ってくれたのがわかった。


心配かけまいとしてやってくれていたんだね。

人の役に立つ人になってほしい

祖母が死を覚悟して話してくれた言葉を、
忘れないように書き残しておきました。

「明日になるか明後日になるかわからない」
「何年も前から、体のことを心配してくれた」
「良い孫を持てて幸せだった」
「感謝しかない」
「人の役に立つ人になってほしい」
「肉体は滅んでも魂は不滅だから」
「空から見守っている」

「頑張ったよ」と報告できるように

その後「人の役に立つ人」というのは、
どんな人なのだろうと、ずっと考えていました。

難しいよね。
真面目に考えれば考えるほど難しい。


だって、よかれと思ってやったとしても、
必ずしも、その人の人生にプラスにはるとは限らない。


正直、今まで散々苦労してきたのだから、
もう自分の幸せだけ考えてもいいじゃんと、
少し思わないこともない。

だけど、僕はおばあちゃんの孫なのだから、
その血と想いを受け継いでいるのだから、
人生を終えてまた会えた時に、
「頑張ったよ」と報告できるように。


なにか少しでも、人の役に立つということも考えていきたい。

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