もっと人生を楽しめばよかった

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人生を楽しめばの画像メンタル

世間では普通、ひきこもりは、
みんな一緒くたに扱うと思います。

「ひきこもりはこうだから、こうすればいい」

しかし実際は、ひきこもりと言っても様々で、
いろいろなタイプの方がいます。


驚くほどバラエティに富んでいて、
私とは全く正反対のタイプの方も多いです。

なので、今回の話は誰にでも当てはまることではありません。

異常に低いFC(自由な子供の心)

エゴグラムという心理テストがあります。

エゴグラム (Egograms) とは、エリック・バーン (Eric Berne) の交流分析における自我状態をもとに、弟子であるジョン・M・デュセイ (John M. Dusay) が考案した性格診断法で、人の心を5つに分類し、その5つの自我状態が放出する心的エネルギーの高さをグラフにしたもののことである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0

このエゴグラムはネットでできるので、
ぜひ試してみてほしいです。

私がやってみると、こんな結果になります。
FC(自由な子供の心)の数値が異常に低いですね。

これは虐待の影響だと思います。

どんなひきこもりだったのか

ざっくりと言えば、
私は養子で、虐待からメンタル不調、
祖母の所に逃げ込んだ後、ひきこもりという流れでした。

小さい頃から両親は私に、
努力と我慢を強く要求しました。

ある時は、なぜか水を飲むのを我慢させられ、
そのまま脱水症状で入院しました。

まぁ、虐待の話は重くなるので割愛します。
一方、彼らは自由を謳歌し、やりたい放題やっていました(笑)

ひきこもりの心の中にあった言葉

さて、世間では一般的に、
こんなふうに言われていませんか。

「ひきこもりは甘え」
「ひきこもりは努力不足」
「ひきこもりは自己責任」

ひきこもりを叩く大合唱の中、
ひきこもりの長いトンネルの中で、
いつも私の心の中にあったのは、こんな言葉でした。

「まだ努力が足りないのか。もっと努力をしなければ!」

努力と我慢を極めて、ひきこもりを克服しようとしていました。
必死で硬く厚い壁を打ち破ろうとしていました。

今は心にこんな言葉がある

いつしか私は、
職場でマシーンと呼ばれるようになっていました(笑)

修行僧のようにストイックに、
機械のように仕事をして、
人のために犠牲になって・・・。

誰も、私に努力不足なんて言えなくなりました。

それからもう少し時が流れて、
私は今、深く後悔しています。

「もっと人生を楽しめばよかった」
「自分の人生ではなかった!」

人生を楽しむ挑戦

もちろん、努力も我慢もいいのですが、
努力すればするほどいい、我慢すればするほどいいという、
極端な思想に陥り自分を縛っていました。

なにごとも過剰になると、心身の健康を崩してしまいます。

私の課題は、そっちではなかったのかもしれません。

これからの課題は、
封じられた自由な子供の心を探すこと。
人生を楽しむ挑戦。

まとめ

差別とは、同じラベルを貼って、
全部一緒くたに、こういうものだと決めつけて、
叩いたり見下したり排除することだと思います。

そして、その差別は、
ハンデを抱えていたり引きこもりであったり、
本当は社会の一員なら助けるべき人達に向けて行われています。

だけど、そんな単純なものではなく、
同じひきこもりであっても一人一人違う苦しみや課題を抱えていて、
目指すべき方向もそれぞれ違うということを、
どうか理解してほしいと思います。

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